信長と猿との出会い

信長と猿との最初の出会いとはどんなものだったのであろうか。
織田家も成長の途中にあり多数の人を必要としていた事、猿も職を必要としていた事、などの幸運があつたのです。
織田家はいろんな人間を多数雇い、役に立たなければどんどん首にしていったのです。
そんな中猿が織田家で勤めを続けることが出来たのは、やはり才能が豊かであったと思わざるを得ないのです。
猿が草履取りをしている最中に幸運があったのですが、それは足軽の浅野又右衛門の組で欠員が出たのです。
猿は欠員補充で足軽になることになったが、その欠けた足軽の名が藤吉朗であった為、織田家の風習で猿も藤吉朗と呼ばれることになったのです。
この頭の浅野又右衛門の次女ねねが後に藤吉朗の妻となるのです。
藤吉朗は織田家の足軽として勤務しながら、非番の日には蜂須加小六の所へ行き遊んでいたのです。
遊んでいたというより関係を密にしていったという方が正しいのです。
現代で言えば、会社勤めをしながら休日に別の会社の人間との交流会に参加する様なものです。
藤吉朗が、一癖も二癖も有る人間であったが、この藤吉朗のもくろみは成功し、この時に出来た関係は終生秀吉を助ける事になるのです。
信長も藤吉朗一名雇う事で、蜂須加村の野武士を配下に置くのと同等の効果をもたらす事に気が付き、その事は藤吉朗に目をかける契機となるのです。
しかし織田家の家臣達にとって藤吉朗は雑用係として信長に取り入った程度にしか思われていなかったのです。
タグ:織田信長
posted by 織田信長ファン at 12:02 | 家臣
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