藤吉朗と秀吉の仮面

豊臣秀吉が謎の人物であったという事に、異議を唱える人も多いと思います。
猿と呼ばれた頃のユーモラスな逸話が残る秀吉と、ぎらぎらした策略を好む秀吉はイメージが対称的です。
しかし信長の死後一気にユーモラスな逸話が無くなり、悲惨な末路に突き進む事を考えると私などはユーモラスなイメージは仮面の姿だったのではと思っています。
皮を剥いだ本当の秀吉とは、もっと違う人間像だったのでは無いかという疑問はあり、ユーモラスという評価も信長に気に入られたい為の、必死の演技だったのではないかとも考えています。
藤吉朗と信長の主従関係はなんと十三年間、一五五八年(永禄一年)に信長に仕え信長の死の年まで、その期間ず自分の本性を見せず信長に仕えていたというのは気味が悪いのです。
しかしいままでの藤吉朗のユーモラスな印象からは程遠い印象だがそれを見破っていた人間が、黒田官兵衛、竹中半兵衛、織田信長などです。
三人とも藤吉朗が必死で演技している姿を見て、いずれも好ましいものとし、気が付かないふりをしていたのです。
posted by 織田信長ファン at 19:34 | 家臣
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