思考ロジック

桶狭間では梁田政綱の今川義元昼食中という情報をえています。
大事な事は情報は多分それだけではなかったであろうという事です。
彼は他の莫大な情報を元に色々頭の中で考え戦略を講じて義元を討ったのであり、今川義元昼食の情報は単なる契機にすぎずその情報すべてで、信長は桶狭間に撃って出たわけではないのです。
これは梁田からの情報入手の時間と信長の出陣の時間はどっちが先だったかを考えただけでも分かるのです。
信長が頭の中で莫大な情報を瞬時に検討し、戦略を立案しているその思考ロジックまで学ばなかったし、そういう事が信長の頭の中で行われているなど、考えもしなかったのです。
光秀はこの錯覚により戦いは起こせば安易に勝てるものと思いこんでしまったのです。
信長の頭で計算している情報処理の重要性が把握出来なかったわけです。
彼が後の歴史学者があきれるほど無計画に本能寺の変を起こしてしまうその理由は多分ここにあるのです。
信長が光秀の頭の中に刷り込んだ幻影のなせる技であったわけです。
この事は光秀が実際に本能寺の変で反乱軍のリーダーとなった時に初めて気が付き、痛感したに違いないのです。
でもその時はもう既に遅く変は失敗だったと思ったであろうし同時に自分の敗北を覚悟したのです。
ただ無計画という言葉は似合わなく、光秀にとって信長を殺すことが最終目的だったのです。
posted by 織田信長ファン at 19:30 | 桶狭間
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